アボメイの王宮群
Royal Palaces of Abomey
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時間の物差し
前3000年起点 1625年現在
成り立ち
アボメイは西アフリカのダホメ王国の都で、1625年から1900年まで12人の王が治めた。王国はフォン人がつくり、王ウェグバジャ(フエグバジャ)が「王国を常により大きく」という教えのもとで基礎を固めた。王国は奴隷海岸でヨーロッパの商人との奴隷貿易を握り、強大になった。
約47haの敷地には10の宮殿が並ぶ。王は代々、先代の宮殿の隣や上に新しい宮殿を建てた。それぞれ外庭、内庭、私的な庭の3つの庭をもち、土の壁で囲まれる。壁の色鮮やかな浮き彫りは王国の歴史を記録した。
1892年からのフランスとの戦争で王国は敗れた。フランス軍が迫るなか、ベハンジン王は町と宮殿に火を放たせ、ゲゾ王とグレレ王の宮殿が残った。この2つは今、アボメイ歴史博物館になっている。1984年3月15日の竜巻で被害を受け、1985年の登録と同時に危機遺産となったが、修復が進み2007年に外された。
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