StoodmarkEN
アボメイの王宮群
写真: 「Abomey 2006 1」Joachim Huber / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

アボメイの王宮群

Royal Palaces of Abomey
WHC 3231985年登録7.19°N 1.99°EWikipedia 39言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

アプリで記録する

朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。

時間の物差し
前3000年起点 1625年現在

成り立ち

アボメイは西アフリカのダホメ王国の都で、1625年から1900年まで12人の王が治めた。王国はフォン人がつくり、王ウェグバジャ(フエグバジャ)が「王国を常により大きく」という教えのもとで基礎を固めた。王国は奴隷海岸でヨーロッパの商人との奴隷貿易を握り、強大になった。

約47haの敷地には10の宮殿が並ぶ。王は代々、先代の宮殿の隣や上に新しい宮殿を建てた。それぞれ外庭、内庭、私的な庭の3つの庭をもち、土の壁で囲まれる。壁の色鮮やかな浮き彫りは王国の歴史を記録した。

1892年からのフランスとの戦争で王国は敗れた。フランス軍が迫るなか、ベハンジン王は町と宮殿に火を放たせ、ゲゾ王とグレレ王の宮殿が残った。この2つは今、アボメイ歴史博物館になっている。1984年3月15日の竜巻で被害を受け、1985年の登録と同時に危機遺産となったが、修復が進み2007年に外された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。