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アムラ城
写真: 「Qusayr Amra」​ English Wikipedia user Daniel Case / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

アムラ城

Qasr Amra
WHC 3271985年登録31.80°N 36.59°EWikipedia 46言語

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時間の物差し
前3000年起点 723年現在

成り立ち

アムラ城は、ヨルダン東部の砂漠、季節にだけ水が流れるブトゥム涸れ谷のそばに建つ。2012年に見つかった碑文により、723年から743年の間に、のちにウマイヤ朝のカリフ、ワリード2世となるワリード・イブン・ヤズィードが建てさせたことが分かった。守備隊の砦と、王族がくつろぐための離宮を兼ねていた。

謁見の間と浴場の壁や天井は、絵で埋め尽くされている。狩りや踊り、職人の姿のほか、ビザンツ皇帝、西ゴート王ロデリック、ササン朝の王、エチオピアの王などを描いた「6人の王」の絵がある。浴場の熱い部屋の丸天井には星座と黄道十二宮が描かれ、ユネスコはこれを丸天井に天を描いた最も古い例の一つとしている。ユネスコは、これらの壁画をウマイヤ朝の建築の中でほかに例のないものとしている。

1898年にアロイス・ムジールがこの建物を再発見した。1971〜1974年にはマドリードの国立考古学博物館が壁画を修復したが、その時に塗ったシェラックがのちに絵を傷め、1996年にグラナダ大学が取り除いた。1985年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。