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ディヴリーイの大モスクと病院
写真: R Prazeres / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ディヴリーイの大モスクと病院

Divriği Great Mosque and Hospital
WHC 3581985年登録39.37°N 38.12°EWikipedia 40言語

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時間の物差し
前3000年起点 1228年現在

成り立ち

1071年、セルジューク朝のトルコ人はマラズギルトの戦いでビザンツ軍を破り、アナトリアにトルコ系の人々が住むようになった。その後この地を治めたメンギュジェク朝のディヴリーイの君主アフメト・シャーは、1228年から1229年にかけて大モスクを建てた。

モスクに隣り合う病院(ダーリュッシファー、「癒やしの家」)は、トゥラン・メレクが建てたと碑文にある。設計はアフラト出身のフッレム・シャーである。モスクと病院はキブラの壁を共有し、病院には霊廟が付く。

北の正門は、石に高く浮き彫りを重ねた密な彫刻で知られる。15世紀から19世紀に何度も修復され、2015年に始まった大規模な修復を経て2024年5月にモスクは再び開かれた。1985年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。