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エヴォラ歴史地区
写真: Daniel Feliciano / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり

エヴォラ歴史地区

Centro Histórico de Évora
WHC 3611986年登録38.57°N 7.91°WWikipedia 20言語

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時間の物差し
前3000年起点 前57年現在

成り立ち

エヴォラはポルトガル南部アレンテージョ地方の町で、2000年を超える歴史をもつ。紀元前57年にローマに征服されて城壁の町となり、1世紀に建てられた神殿(俗に「ディアナ神殿」と呼ばれる)は、中世の建物に組み込まれたため壊されずに残った。715年からムーア人が治め、1165年9月に「恐れ知らず」のジェラルドの奇襲でポルトガル側に奪われた。

15世紀にはポルトガル王がたびたびこの町に住むようになり、黄金期が始まった。サン・フランシスコ教会などの修道院や王宮が建てられ、マヌエル様式の建築が16世紀の大きな建物にも受け継がれた。13世紀に完成した大聖堂は中世の代表的な建物である。イエズス会の大学で教育が行われ、エヴォラは国の第二の都市となったが、1759年にポンバル侯爵がイエズス会を追放すると大学は急速に衰えた。

低く白い漆喰壁の家々は16〜18世紀のもので、アズレージョ(装飾タイル)と鉄の格子のバルコニーをもち、中世の細い路地に並ぶ。1755年の大地震でリスボンが壊滅したのに対し、エヴォラはほとんど被害を受けなかった。その建築はブラジルのポルトガル植民地建築にも大きな影響を与えた。1986年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。