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グレート・ジンバブエ遺跡
写真: 「Conical Tower - Great Enclosure III (33736918448)」Andrew Moore from Johannesburg, South Africa / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

グレート・ジンバブエ遺跡

Great Zimbabwe
定番WHC 3641986年登録20.27°S 30.93°EWikipedia 75言語

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時間の物差し
前3000年起点 1000年現在

成り立ち

グレート・ジンバブエはジンバブエ南東部、マシンゴ近くの丘陵にある。1000年ごろから人が住み、11世紀からショナ人の祖先が石の建物を築きはじめ、13世紀にはグレート・ジンバブエ王国の都となった。石造りの建設は15世紀まで続いた。

富の源は、内陸の金産地からスワヒリ海岸へ向かう交易路の支配だった。金や象牙はソファラなどを経てインド洋交易に流れた。遺跡は丘の遺構、谷の遺構、大囲壁の3群からなり、最も古いのは丘の遺構である。大囲壁の壁は高さ最大11m、長さ約250mある。石けん石で彫られた「ジンバブエの鳥」8体も出土した。

1871年からヨーロッパ人の調査が始まり、1890年代から1920年代には多くの古物収集家が遺跡を荒らした。植民地側はアフリカ人が建てたことを認めなかったが、1905〜06年のデイヴィッド・ランドール=マキーヴァー、1929年のガートルード・ケイトン=トンプソンの発掘はアフリカ人による建設を示し、1950年代以降は考古学者の見解が一致している。1980年に独立した国はこの遺跡の名を国名にし、鳥を国旗に描いた。1986年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。