カミ遺跡群
Khami
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時間の物差し
前3000年起点 1450年現在
成り立ち
カミ遺跡はジンバブエ南西部、ブラワヨの西約22kmのカミ川沿いの丘にある。グレート・ジンバブエの国が消えた後に興ったトルワ朝の都で、1450年ごろから約200年栄えた。王の住まいは北の「ヒル・ルイン」と呼ばれる高台にあった。
ここの花崗岩は割れやすく、自立する石垣を積むのに向かなかった。そこで人々は土を盛った台を石で囲む擁壁を築き、その上に土の家を建てた。この地域の建築で最初の擁壁であり、市松模様や杉綾模様で飾られた長い壁が残る。
遺跡からはスペインの陶磁器、ドイツのラインラント産の炻器、中国・明の磁器が見つかっており、遠い地域と交易していたことがわかる。宣教師との接触を示す大きな石の十字架もある。19世紀、ンデベレ人の進出のなかで放棄され、1986年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。