トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂、聖母聖堂
Roman Monuments, Cathedral of St. Peter and Church of Our Lady in Trier UNESCO World Heritage Site
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成り立ち
トリーアは紀元前1世紀末、ローマ人がトレウェリ族の地に開いた町で、アウグストゥスとトレウェリ族にちなんでアウグスタ・トレウェロルムと呼ばれた。2世紀には交易の中心として栄え、170年以降に北の市門ポルタ・ニグラが築かれた。モーゼル川の橋とバルバラ浴場もこの1世紀から2世紀の建造物である。
3世紀末から4世紀初めの四帝分治の時代、トリーアは4つの首都の一つとなり、293年から395年まで西ローマ皇帝の居所だった。4世紀の人口は約7万5000人に達し、コンスタンティヌス帝の時代には皇帝浴場と玉座の間アウラ・パラティナが建てられた。聖ペテロ大聖堂は西洋で最も古い教会建築の一つに数えられる。
459年にフランク人が町を奪った後、トリーア大司教は神聖ローマ帝国の7選帝侯の一人となった。1028年以降、ギリシャ人の修道士シメオンがポルタ・ニグラの廃墟に隠れ住み、大司教ポッポは1034年から1042年にかけて門の中に2層の教会を造った。聖母聖堂はフランスの外で建てられた最初の盛期ゴシックの教会とされ、これらの建物は1986年に世界遺産に登録された。
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