ジャイアンツ・コーズウェー
Giant's Causeway
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時間の物差し
前3000年起点 1693年現在
成り立ち
約5000万〜6000万年前、北アイルランドのアントリム一帯では激しい火山活動が続き、流れやすい玄武岩の溶岩が広がった。溶岩が冷えて縮むときに割れ目が入り、約4万本の柱ができた。多くは六角形で、最も高いものは約12mある。
地元の伝説では、アイルランドの巨人フィン・マックールがスコットランドの巨人ベナンドナーと戦うためにこの道を築いたという。1692年にデリー主教ウィリアム・キングが訪れ、翌1693年にはダブリン大学トリニティ・カレッジのリチャード・バルクリー卿が王立協会に論文を出して、その存在を広く知らせた。ダブリンの画家スザンナ・ドルーリーは1739年に水彩画を描き、1740年にダブリン協会の賞を受けた。
19世紀には観光客が増え、とくにジャイアンツ・コーズウェー路面電車の開通後ににぎわった。1960年代にナショナル・トラストが管理を引き継ぎ、現在も約70haの大部分を所有している。1986年に世界遺産に登録された。
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