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ダラム城と大聖堂
写真: 「Durham Cathedral and Castle」Vik Walker from Durham, England / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ダラム城と大聖堂

Durham Castle and Cathedral
WHC 3701986年登録54.77°N 1.58°WWikipedia 46言語

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時間の物差し
前3000年起点 995年現在

成り立ち

687年に亡くなったリンディスファーンの司教聖カスバートの遺骸を守る修道士たちは、ヴァイキングの襲撃を逃れて875年に島を離れ、882年からチェスター=ル=ストリートにとどまった。995年、再び移った彼らはダラムに落ち着き、ここに聖堂を建てた。ダラムはまもなく巡礼の地となった。

ノルマン征服から6年後の1072年、ウィリアム1世の命でダラムに城の建設が始まった。城はダラム司教の居所となり、司教たちは軍を起こし、税を取り、貨幣を造る権限を持つ領主司教として、スコットランドからの侵入に備えた。1093年8月11日、司教ウィリアム・ド・サン=カレーが新しい大聖堂の礎石を据え、聖カスバートの遺骸は1104年に新しい聖堂へ移された。身廊の天井は、現存する最古の尖頭リブ・ヴォールトとされる。

1650年のダンバーの戦いの後、大聖堂は最大3000人のスコットランド人捕虜を閉じ込める場となり、約1700人がここで亡くなった。司教は1836年の法律で世俗の権限を失い、城はダラム大学に寄贈されて、1837年からユニバーシティ・カレッジとして使われている。城と大聖堂は1986年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。