写真: 「Salamanca - Fachada de la Universidad Pontifícia. La clerecía」Hector Blanco de Frutos / CC BY 2.5 / Wikimedia Commons · トリミングあり
サラマンカの旧市街
Old City of Salamanca
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時間の物差し
前3000年起点 前220年現在
成り立ち
サラマンカはマドリードの北西、トルメス川のほとりにある。紀元前3世紀には大聖堂の丘に町がまとまり、紀元前220年、イベリア半島を進んだハンニバルがこの町を包囲して落とした。ローマ時代には銀の道が町を通り、1世紀からはローマ橋が川を渡していた。
1085年のトレド征服の後、1102年にブルゴーニュのレーモンがさまざまな出自の入植者を連れて町に入り、再植民が進んだ。司教座が再び置かれて旧大聖堂の建設が始まり、そのそばの学校が大学の種となった。1218年、レオン王アルフォンソ9世がこの学校をストゥディウム・ゲネラーレとし、1254年にはカスティーリャ王アルフォンソ10世の勅令で大学となった。1492年にはアントニオ・デ・ネブリハが最初のカスティーリャ語文法書を著した。
新大聖堂は1513年に着工し、1733年までかかった。1729年にはバロック様式のマヨール広場の建設が始まった。1755年のリスボン地震で多くの建物が傷んだが、町は豊かさを背景に修復を進めた。1988年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。