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オールド・サヌア
写真: 「View of Old Sana'a, Yemen, Jan. 2009」Ferdinand Reus from Arnhem, Holland / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

オールド・サヌア

Old Sana'a
WHC 3851986年登録15.36°N 44.21°EWikipedia 21言語

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成り立ち

サナアは標高2,200mの山あいの谷にあり、2,500年以上人が住み続けてきた。サバア王国の軍事の拠点で、碑文にはグムダーン宮殿の名も見える。のちにヒムヤル王国の重要な中心となった。

初期イスラームの史料によれば、630年ごろ預言者ムハンマドの命で大モスクが建てられ、メッカとメディナ以外で最初のモスクとされる。7〜8世紀、サナアはイスラームを広める大きな中心となり、705〜715年にはウマイヤ朝カリフのワリード1世がモスクを広げた。1972年、大モスクの屋根裏の壁を修理していた作業員が大量の古い写本と羊皮紙を見つけ、その中に最古級のクルアーン写本の一つ「サナア写本」があった。

旧市街には100を超えるモスクと6,000を超える家がある。突き固めた土で造る何階もの塔のような家が並ぶ。1986年に世界遺産に登録されたが、2015年7月、武力紛争で深刻な被害を受けたとして危機遺産に加えられた。ユネスコによれば、とくにカースィミー地区が大きく壊れ、12世紀のマフディー・モスクと周りの家も被害を受けた。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。