プエブラ歴史地区
Historic Centre of Puebla
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 1531年現在
成り立ち
プエブラはメキシコ市の東約100km、ポポカテペトル山のふもとにある。1530年、トラスカラの司教フリアン・ガルセスは、メキシコ市と港町ベラクルスのあいだにスペイン人の町が必要だとスペインの王妃に書き送った。町は先住民の都市の上にではなく何もない谷に新たに築かれ、公式の創建日は1531年4月16日である。
町はソカロと呼ばれる中央広場を中心とするスペイン式の区割りで造られた。1575年にフェリペ2世の命で大聖堂の建設が始まり、1649年に献堂されたが、北塔は1678年、南塔は1768年にようやくできた。1646年にはフアン・デ・パラフォクス・イ・メンドーサが神学校のために図書館を開き、自分の蔵書5000冊を寄贈した。
壁を色タイル(アスレホ)で覆った家々に見られるように、欧州とアメリカの様式が混じり合ったバロックがこの町の特徴となった。1862年5月5日、イグナシオ・サラゴサの率いるメキシコ軍がここでフランス軍を破り、町の名はプエブラ・デ・サラゴサと改められた。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。