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ローマ帝国の国境線
写真: 「Section of Hadrian's Wall 1」quisnovus from Gloucester, England / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ローマ帝国の国境線

borders of the Roman Empire
定番WHC 4301987年登録54.99°N 2.60°WWikipedia 82言語

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時間の物差し
前3000年起点 122年現在

成り立ち

ローマ帝国の国境線は、帝国の領土が最大となった2世紀の境界に築かれた城壁、堀、砦、見張り塔の遺跡である。この世界遺産は英国のハドリアヌスの長城、ドイツの上ゲルマニア・ラエティア・リメス、スコットランドのアントニヌスの長城の3つからなる。

ハドリアヌスの長城は皇帝ハドリアヌスの命で122年に着工し、3つの軍団がおよそ6年で大部分を築いた。東のタイン川から西のソルウェイ湾まで砦と小砦が並び、最盛期には約1万人の兵が配置された。138年にハドリアヌスが没すると、アントニヌス・ピウスは142年ごろ約160km北にアントニヌスの長城を築かせたが、ひと世代しか使われず、164年に再びハドリアヌスの長城が主な防衛線となった。

ドイツの区間はライン川のラインブロールからドナウ川のアイニングまで550km続き、2世紀に段階的に築かれた。1987年にハドリアヌスの長城が登録され、2005年にドイツのリメス、2008年にアントニヌスの長城が加わった。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。