写真: F igy / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群
Bat, Al-Khutm and Al-Ayn archaeological sites
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時間の物差し
前3000年起点 前3000年現在
成り立ち
バットの遺跡は、オマーン北西部のイブリーから東に約24km、ワディ・シャルサのナツメヤシ林の中にある。紀元前3千年紀の集落と墓地が、これほどまとまってよく残る例は少ない。2km西のアル=フトゥムには石の塔が1基、東南東に約22km離れたアル=アインのクブール・ジュハルには墓群がある。
バットでは石の塔が7基見つかっている。どれも直径20〜25mの円形の外壁をもち、中央の井戸の両側に2列の小部屋が並ぶ。地元の石灰岩を切り出して泥のモルタルで積んでおり、石切り場や作業場の跡から、切り出しから建設までの全工程がたどれる。最も新しい塔はウンム・ン・ナール後期(前2200〜前2000年ごろ)とみられ、塔が何のために建てられたのかはまだわかっていない。
岩の斜面にはハフィート期の「ハチの巣形」の墓が並び、川の段丘には100基を超える石積みの墓がある。3千年紀の初めの墓は小さな単室だが、後半には大きな多室墓になった。紀元前3000年ごろ、この地では地元で採れる銅がシュメール人と取引されていた。1972年にはカレン・フリーフェルト率いるデンマークの調査隊が発掘を行い、1988年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。