写真: Leonard G. / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
ウルル=カタ・ジュタ国立公園
Uluṟu-Kata Tjuṯa National Park
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時間の物差し
前3000年起点 前8000年現在
成り立ち
ウルルとカタ・ジュタは、オーストラリア中央部の平原から300m以上の高さにそびえる。周辺の考古学調査から、人がこの地に住み着いたのは1万年以上前とされる。伝統的な所有者アナングの人々にとって、この地は祖先の存在が風景をつくったという法と信仰、チュクルパと結びついている。
1872年、探検家アーネスト・ジャイルズはキングス・キャニオン付近からカタ・ジュタを望み、マウント・オルガと名づけた。1873年7月19日には測量士ウィリアム・ゴスがウルルを見て、南オーストラリア植民地の首席書記官ヘンリー・エアーズにちなみエアーズロックと名づけた。1958年、一帯はピーターマン保護区から切り離され、エアーズロック・マウントオルガ国立公園となった。
1985年10月26日、土地は先住民の所有に戻され、99年間の契約で国立公園の機関に貸し出された。1987年に世界遺産に登録され、1994年には文化遺産の基準でも登録し直された。2002年には2つの名の並び順が入れ替えられ、2019年10月26日からはウルルへの登山が禁じられている。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。