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アトス山
写真: 「Der Berg Athos」User: Hombre at wikivoyage shared / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

アトス山

Mount Athos
定番WHC 4541988年登録40.16°N 24.33°EWikipedia 87言語

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時間の物差し
前3000年起点 963年現在

成り立ち

アトス山はギリシャ北部、ハルキディキ半島から東のエーゲ海へ突き出た細長い半島にある。修道士は遅くとも4世紀には住み始め、7世紀にはイスラム勢力に征服されたエジプトから逃れてきた修道士も加わった。

963年、修道士アタナシオスがビザンツ皇帝ニケフォロス2世フォカスの支援でメギスティス・ラヴラ修道院を建て、散らばった庵から大きな共住修道院へ移る転機となった。972年には皇帝ヨハネス1世ツィミスケスが最初の憲章に署名した。1453年のコンスタンティノープル陥落後も、オスマン帝国の下で自治を保った。

現在は20の大修道院に約1400人の修道士が暮らし、女性の立ち入りは禁じられている。プロタトン教会にはマヌエル・パンセリノスが1290年ごろに描いた壁画が残る。1988年に複合遺産として世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。