テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群
Paleochristian and Byzantine monuments of Thessaloniki
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時間の物差し
前3000年起点 前315年現在
成り立ち
テッサロニキは紀元前315年に創建された港町で、のちにローマの属州の州都となり、キリスト教が広まる最初の拠点の一つになった。4世紀から15世紀にかけて、ギリシャ十字形と三廊式バシリカという2つの型の聖堂が建てられ、ビザンティン世界の建築に強い影響を与えた。
守護聖人デメトリオスの聖堂は、4世紀初めにローマの浴場の跡に建った小さな礼拝堂に始まる。火災を重ねたのち629年から634年に五廊式のバシリカとして建て直され、615年のスラヴ人の襲撃から町が救われたことを記す銘文とともにモザイクが残る。
1430年にオスマン帝国が町を占領した後も、キリスト教の建造物は壊されなかった。聖デメトリオス聖堂は1493年から1912年までモスクとして使われ、1917年の大火で屋根と壁の上部を失い、修復に数十年を要した。1988年、城壁と聖堂など15の建造物が世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。