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クサントスとレトーン
写真: 「Entrance into theatre of Xanthos」Pot Noodle / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

クサントスとレトーン

Xanthos-Letoon
WHC 4841988年登録36.34°N 29.32°EWikipedia 43言語

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成り立ち

クサントスはリュキアの都で、ギリシアの地理学者ストラボンはリュキア最大の町と書いた。ヘロドトスによると、前540年頃にペルシアの将軍ハルパゴスが町を囲むと、リュキア人は城塞を焼き、妻子と奴隷を殺して最後の突撃に出た。前42年にはブルトゥスがこの町を囲み、生き残った男は150人だったと伝わる。

約4km南西のレトーンは、女神レトとその子アルテミス、アポロンの3つの神殿が並ぶリュキアの聖地である。1973年、アポロン神殿の近くで、リュキア語とギリシア語、アラム語で刻まれた前337年の碑文が見つかった。レトの神殿は2000年から2007年に元の場所で組み直された。

クサントスのネレイデス記念堂は、古代の七不思議の1つハリカルナッソスのマウソロス霊廟に直接の影響を与えたとされる。1988年、2つの遺跡は合わせて世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。