ヘンダーソン島
Henderson Island
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時間の物差し
前3000年起点 1606年現在
成り立ち
ヘンダーソン島は南太平洋の隆起サンゴ礁の島で、かつてはポリネシアの人々が住んでいたが、17世紀までに無人になった。人々が去った理由はわかっていない。人が住みついたあと、少なくとも4種の固有の鳥が絶滅したと考えられ、ポリネシア人が持ち込んだナンヨウネズミは今も島にいる。
ヨーロッパ人として初めて島を見たのは、1606年のスペインの探検隊だった。1819年1月17日にはイギリス東インド会社の船ハーキュリーズ号のヘンダーソン船長が島を再発見し、のちに島は彼の名で呼ばれるようになった。1902年、島はオエノ島、デュシー島とともにイギリス領に正式に編入され、今はピトケアン諸島の一部である。
1980年代初め、アメリカの実業家アーサー・ラトリフが島に邸宅と滑走路を造る計画を出した。ピトケアン島議会は承認したが、環境保護団体の働きかけを受けたイギリス外務省が計画を退け、島は1988年に世界遺産に登録された。2011年にはナンヨウネズミの駆除が試みられたが生き残りから数は元に戻り、2017年の調査では、浜に推定3770万個、計17.6トンのごみが流れ着いていた。
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