ロドスの中世都市
Medieval City of Rhodes
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時間の物差し
前3000年起点 1309年現在
成り立ち
ロドス島はドデカネス諸島で最大の島である。1291年にパレスチナの最後の拠点アッコを失った聖ヨハネ騎士団は、1309年にロドスを手に入れ、1523年まで治めた。中世の町は長さ約4kmの城壁に囲まれている。
北の上町はすべて騎士団が築いた。騎士団は出身地ごとに7つの「言語」に分かれ、それぞれが宿舎をもった。騎士の通りにはイタリア、フランス、スペイン、プロヴァンスの宿舎が並ぶ。大病院は1440年から1489年にかけて建てられた。
1444年のエジプトのスルタン、1480年のメフメト2世の包囲は失敗したが、1522年、スレイマンが約半年の包囲の末に町を落とした。その後、多くの教会がモスクになり、下町にはモスクや浴場が加わった。1912年以降のイタリア統治の時代に主な建物が再建された。1988年に世界遺産に登録された。
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