カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会
Canterbury Cathedral, St Augustine's Abbey, and St Martin's Church
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時間の物差し
前3000年起点 597年現在
成り立ち
597年、教皇グレゴリウス1世が送ったアウグスティヌスがカンタベリーに来て、王妃ベルタがすでに礼拝していた聖マーティン教会を布教の拠点にした。ベルタはキリスト教徒のフランク王女で、異教徒の夫エゼルベルト王は彼女の信仰を認めていた。布教は王の改宗につながり、アウグスティヌスは同じ年に大聖堂を創建した。聖マーティン教会は6世紀から礼拝に使われ続けており、英語圏で現存する最古の教会として知られる。
1067年の火災で焼けた大聖堂を、ランフランクは1070〜1077年にフランスから運んだ石で建て直した。1170年12月29日、大司教トマス・ベケットがヘンリー2世の騎士たちに堂内で殺され、列聖されると大聖堂は大きな巡礼地となった。1174年9月の火災で傷んだ聖歌隊席は、フランス人の石工頭ギヨーム・ド・サンスのもとで再建された。
1538年、ベケットの聖廟は取り払われ、宝物は2つの櫃と26台の荷車で運び出された。聖オーガスティン修道院も宗教改革で大部分が壊された。3つの建物は1988年に世界遺産に登録された。
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