写真: 「Grande Mosquée de Kairouan, vue d'ensemble」weetoon66 / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
ケルアン
Kairouan
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時間の物差し
前3000年起点 670年現在
成り立ち
ケルアンはチュニジア中部、海と山のほぼ中間にある。670年ごろ、ウマイヤ朝のカリフ、ムアーウィヤに仕えたアラブの将軍ウクバ・イブン・ナーフィウがこの地を選んで軍営を置き、マグリブで最初のアラブ・イスラームの拠点となった。
800年から909年まで支配したアグラブ朝はケルアンを都とし、9世紀に大モスクを建て直した。約135m×80mの礼拝施設で、17の廊をもつ多柱式の礼拝室と3層のミナレットがあり、のちのマグリブのモスクの手本となった。866年の三つの扉のモスクは彫刻をほどこした正面をもつ最古のイスラームのモスクとされ、城外のアグラブ朝の貯水池は合わせて6万8,800m³の水を蓄えた。
1057年、ファーティマ朝に送り込まれたバヌー・ヒラールがケルアンを奪い、町はかつての地位を取り戻せなかった。12世紀に政治の中心がチュニスへ移ったあとも、マグリブ随一の聖都であり続けた。旧市街は54haで、3km以上の城壁に囲まれている。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。