アルコバッサ修道院
Alcobaça Monastery
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時間の物差し
前3000年起点 1153年現在
成り立ち
ポルトガルのアフォンソ・エンリケスはムーア人からサンタレンを奪った。この戦いでのシトー会の支えに報いるため、彼は1153年にアルコバッサの地をクレルヴォーのベルナルドゥスに与え、シトー会の修道院が開かれた。建設は1178年に始まり、修道士たちは1223年に木の家から新しい修道院へ移った。
教会は1252年に献堂され、長さ約106m、側廊の高さ約20mの、今もポルトガル最大の教会である。1300年頃には1000人近い修道士を抱える、国で最も豊かで力のある修道院だった。翼廊には、ペドロ1世と、1355年に父王アフォンソ4世の命で殺された恋人イネス・デ・カストロの2つの墓が向かい合う。墓は1360年頃にペドロ1世が作らせた。
1834年に修道会が廃止され、最後の修道士が去った。修道院は1907年に国の記念建造物とされ、1989年にゴシック期のシトー会建築の傑作として世界遺産に登録された。
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