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モシ・オ・トゥニャ/ヴィクトリアの滝
写真: Diego Delso / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

モシ・オ・トゥニャ/ヴィクトリアの滝

Mosi-oa-Tunya / Victoria Falls
定番WHC 50917.91°S 25.84°EWikipedia 111言語

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時間の物差し
前3000年起点 1855年現在

成り立ち

ザンベジ川が幅1,708mにわたって落ちるこの滝を、ロジ語ではモシ・オ・トゥニャ(雷鳴とどろく煙)、トンガ語ではシュング・ナムティティマ(煮えたぎる水)と呼ぶ。滝の下には約150kmにわたってジグザグの峡谷が続き、滝が上流へ後退してきた跡を示している。この一帯ではおよそ300万年前のホモ・ハビリスの石器も見つかっている。

1855年11月16日、スコットランドの宣教師デイヴィッド・リヴィングストンがヨーロッパ人として記録に残る最初の目撃者となり、ヴィクトリア女王にちなんで滝を名付けた。滝は地元の人々にはよく知られており、1715年のニコラ・ド・フェールの地図にもすでに正しい位置に記されていた。1860年、リヴィングストンはジョン・カークとともに戻り、滝を詳しく調べた。

1905年、セシル・ローズのケープ・カイロ鉄道構想の一部として、滝のすぐ下の第2峡谷に長さ198mの鋼のアーチ橋が架けられた。ローズは滝を一度も訪れず、着工前に死んでいる。1989年、ザンビアとジンバブエにまたがる6,860haが世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。