ロルシュ修道院
Abbey and Altenmünster of Lorsch
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時間の物差し
前3000年起点 764年現在
成り立ち
764年、カンコル伯と母ヴィリスヴィンダは、ラウリッサと呼ばれた自分たちの領地に修道院を開いた。初代院長はカンコルのいとこでメッツ大司教のクロデガングで、ゴルツェ修道院のベネディクト会士が住んだ。765年7月11日、教皇パウルス1世から聖ナザリウスの聖遺物が届いた。
766年、土地をめぐる争いをきっかけに、修道院は最初の中洲から数百m離れた砂丘の上へ移った。772年に修道院はカール大帝に献じられて王の修道院となり、774年9月には大帝の臨席のもと、マインツ大司教が本堂を献堂した。876年にルートヴィヒ・ドイツ人王が亡くなるとここに葬られ、修道院はその後も王家の埋葬の場となった。9世紀の門の建物「トーアハレ(王の広間)」は、ほぼ完全な形で残るカロリング朝建築として最も古いものとされる。
1090年の火災の後、12世紀に大きな再建が行われ、1232年にロルシュはマインツ大司教の手に渡った。1556年にプファルツ選帝侯が宗教改革を導入すると、蔵書はハイデルベルクに移された。1621年の三十年戦争で建物の多くが壊され、1623年に蔵書はローマへ送られてヴァチカン図書館の一部となった。1991年、修道院とアルテンミュンスターが世界遺産に登録された。
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