サンチ
Sanchi
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時間の物差し
前3000年起点 前250年現在
成り立ち
インド中部、ボーパールの北東約40kmの丘にあるサーンチーの仏教遺跡は、紀元前3世紀のマウリヤ朝アショーカ王に始まる。王は仏陀の遺骨の上にレンガ造りの半球形のストゥーパを築き、石柱を立てた。アショーカの妃デーヴィーは近くのヴィディシャーの出身である。
シュンガ朝の時代にストゥーパは拡大されて石で覆われ、欄楯がめぐらされた。紀元前1世紀から紀元1世紀にかけて、サータヴァーハナ朝のもとで4つの塔門が建てられた。南門の銘文は「ヴィディシャーの象牙職人がこの彫刻をした」と記している。
5世紀のグプタ朝には祠堂が加わり、ここは12世紀ごろまで仏教の中心であり続けた。その後約600年のあいだ打ち捨てられ、のちに巡礼が戻った。仏陀の2人の高弟、舎利弗と目連の遺骨もここに納められていた。1989年に世界遺産に登録された。
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