写真: Robby4711 / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
クヴェードリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街
Collegiate Church, Castle, and Old Town of Quedlinburg
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時間の物差し
前3000年起点 922年現在
成り立ち
クヴェードリンブルクはドイツ中部ザクセン・アンハルト州の町で、922年、ドイツ王ハインリヒ1世の寄進の記録に初めて現れる。936年に王が亡くなると、王妃マティルデが城山に貴族の娘たちのための女子修道院を開き、王とその後継者のために祈らせた。
城山の王宮はザクセン朝の皇帝たちの居城となった。973年にはオットー1世の宮廷会議が開かれ、ポーランドやボヘミアの君主、遠くビザンツからの使者も集まった。994年、オットー3世が市場、関税、貨幣鋳造の権利を与え、町は商業で栄えた。
町と修道院は1539年にルター派に改宗し、修道院は1802年に廃止された。町には木組みの家が数多く残り、聖セルウァティウス参事会教会はロマネスク建築の傑作とされる。1994年に世界遺産に登録された。
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