マウルブロン修道院
Maulbronn Monastery
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時間の物差し
前3000年起点 1138年現在
成り立ち
1138年、騎士ヴァルター・フォン・ローマースハイムはシトー会に新しい修道院のための土地をエッケンヴァイアーに寄進し、ノイブルク修道院から12人の修道士が送られた。しかしその土地には水も牧草地も足りず、1147年、シュパイアー司教ギュンター・フォン・ヘンネベルクが一行をザルツァッハ川の水源近くのマウルブロンに移した。修道院の教会は1178年にトリーア大司教アルノルト1世によって献堂された。
1210年から1220年にかけて、パリで学んだ名の伝わらない建築家が、玄関廊と回廊の南側、修道士の食堂を建てた。これはドイツで最初のゴシック建築とされる。修道士たちは周りの谷と丘に貯水池、水路、排水路を張り巡らせ、水車を回し、魚を育て、農地を灌漑するのに使った。1460年代には修道士の数が135人に達した。
1504年、ヴュルテンベルク公ウルリヒが7日間の包囲の末に修道院を奪った。1556年にクリストフ公はここをプロテスタントの神学校に改め、のちにヨハネス・ケプラー、フリードリヒ・ヘルダーリン、ヘルマン・ヘッセが学んだ。アルプス以北で最も完全に残る中世の修道院の建物群と広い水利施設によって、1993年に世界遺産に登録された。
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