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サン・ジミニャーノ歴史地区
写真: Luca Aless / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

サン・ジミニャーノ歴史地区

Historic Centre of San Gimignano
WHC 5501990年登録43.47°N 11.04°EWikipedia 3言語

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時間の物差し
前3000年起点 929年現在

成り立ち

サン・ジミニャーノはトスカーナ州、フィレンツェの南56kmの丘の上にある。町の名は、5世紀に町を守ったと伝えられるモデナの司教聖ゲミニアヌスにちなみ、6世紀から7世紀にはその教会の周りに城壁で囲まれた村ができた。929年からはヴォルテッラの司教が町を治めた。ローマへ向かう巡礼路フランチジェナ街道の中継地となり、周りの丘でとれるサフランとヴェルナッチャ・ワインの取引でも栄えた。

1199年、町はヴォルテッラの司教から独立してコムーネとなった。その後の2世紀、教皇派と皇帝派の争いや家どうしの対立が続き、町を動かす有力な家は富と力のしるしとして塔の家を競って高くした。塔はおよそ72本に達したが、やがて町議会はコムーネ宮殿の隣の塔より高い塔を禁じた。1300年5月8日には、トスカーナの教皇派同盟の使節としてダンテ・アリギエーリがこの町を訪れた。

1348年の黒死病で住民の約半分が死に、町はフィレンツェの支配に下った。塔の多くは家の高さまで切り詰められた。その後ほとんど開発がなかったため、町は中世の姿のまま19世紀を迎えた。今残る塔は14本で、もっとも高いトッレ・グロッサは1311年にできた。14世紀と15世紀のイタリア美術の傑作も多く残り、1990年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。