スコーグスシュルコゴーデン
Skogskyrkogården
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時間の物差し
前3000年起点 1912年現在
成り立ち
1912年、ストックホルム市議会は、市の南のエンスケーデにある、松林に覆われた砂利採掘場の跡地を新しい墓地のために手に入れた。1915年の国際設計競技では、ともに30歳前後のスウェーデンの建築家グンナール・アスプルンドとシーグルド・レヴェレンツの案「タッルム」が選ばれた。
工事は1917年に始まり、1920年に墓地と「森の礼拝堂」が献堂された。1925年にはレヴェレンツの古典的な「復活の礼拝堂」が建ち、アスプルンドは信仰、希望、聖十字の3つの礼拝堂をもつ火葬場を手がけた。これが彼の最後の作品となり、その開所の直後の1940年に亡くなって、この墓地に葬られた。
当時の墓地の多くは整った英国風の公園に似ていたが、ここは古代から中世の北欧の埋葬の原型に学び、松林の自然の地形を生かした。その設計は世界の墓地のあり方に大きな影響を与えた。約108haの墓地は1994年に世界遺産に登録された。
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