ドロットニングホルム宮殿
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成り立ち
ドロットニングホルムとは「王妃の小島」という意味である。1580年、スウェーデン王ヨハン3世は、ストックホルム近郊のメーラレン湖に浮かぶローヴェン島に、王妃カタジナ・ヤギェロンカのための石造の宮殿を建てた。1661年に王太后ヘドヴィグ・エレオノーラがこれを買い取ったが、同じ年の12月30日に焼け落ちた。翌1662年から建築家ニコデムス・テッシン(父)が再建にあたり、父が1681年に亡くなると息子のテッシン(子)が室内装飾を仕上げた。
1744年、宮殿はスウェーデン皇太子アドルフ・フレドリクに嫁いだプロイセン王女ロヴィーサ・ウルリカに贈られた。1753年7月24日、王となった夫は王妃の誕生日に、庭に建てた中国風の離宮を思いがけない贈り物として渡した。木造の離宮は傷みが早く、1763〜1769年にカール・フレドリク・アデルクランツの設計で今の建物に建て替えられた。宮廷劇場も1762年8月27日の上演中に焼け、アデルクランツの設計で再建されて1766年に開場した。
UNESCOによれば、この劇場は当時の舞台装置を今も日常的に使っている唯一の18世紀の劇場である。1792年にロヴィーサの息子グスタフ3世が暗殺されると、劇場は家具の物置になった。1921年に演劇史家アグネ・ベイエルが残された内装と舞台装置を保存し、劇場は1922年8月19日に再開した。1981年からは国王カール16世グスタフと王妃シルヴィアが宮殿の南棟に住み、1991年に世界遺産に登録された。
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