パキメ
Casas Grandes
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時間の物差し
前3000年起点 1130年現在
成り立ち
パキメ(カサス・グランデス)は、メキシコ北部チワワ州、シエラ・マドレ・オクシデンタル山脈のふもとに残る日干しれんがの都市遺跡である。1130年以降、肥沃な谷に小さな集落が集まり始め、1340年ごろに焼けたあと、多層の集合住宅に建て替えられた。最盛期の14〜15世紀には約2000の部屋を持ち、北のプエブロ文化と南のメソアメリカ文明を結ぶ交易の要となった。
町には地下の排水路や貯水池、各戸に水を配る水路があり、メソアメリカと同じI字形の球技場や、T字形の出入口も備えていた。住民は南から持ち込んだコンゴウインコを囲いで飼い、その羽を儀礼に用いた。銅の鈴や海の貝のビーズ、白や赤の地に彩色した土器も作られ、交易で遠くへ運ばれた。
1565年、スペインの探検家フランシスコ・デ・イバラがこの地に至ったとき、町はすでに人が去った後だった。遺跡の大部分は今も発掘されていない。1992年の大統領令で考古遺跡地区に指定され、1998年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。