ロータス・フォート
Rohtas Fort
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時間の物差し
前3000年起点 1541年現在
成り立ち
1541年、スール朝を開いたシェール・シャー・スーリーはムガル皇帝フマーユーンを破った後、パキスタン北部パンジャーブの丘にロータス城の建設を始めた。財務の臣トーダル・マルが工事を監督した。
城はポトハールの山々とパンジャーブの平野の間の要所にあり、逆らうガッカル族を抑え、フマーユーンの帰還を防ぐためのものだった。4kmを超える城壁に68の稜堡と12の門が並び、70haを囲む。
城は1707年まで使われ続け、のちにドゥッラーニー朝やシク教徒が再び用いた。城内の3分の1以上をロータス村が占め、今も人が暮らす。1997年に世界遺産に登録された。
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