モザンビーク島
Island of Mozambique
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時間の物差し
前3000年起点 1507年現在
成り立ち
モザンビーク北部、モスリル湾の入口に浮かぶモザンビーク島は、10世紀から大陸間の交易に加わってきた。町は遅くとも14世紀には生まれ、スワヒリ語を話すイスラームの人々が住んだ。島の名は、ヴァスコ・ダ・ガマの時代のスルタン、ムーサ・ビン・ビーケの名に由来する。
1507年、ポルトガルはここに港と海軍の基地を置き、島は1898年まで植民地政府の最初の都だった。1522年に建てられたバルアルテの聖母礼拝堂は、南半球で最も古いヨーロッパの建物とされる。1558年から1620年に築かれたサン・セバスティアン要塞は島に残る最古の要塞で、島は1607年と1608年のオランダの攻撃に耐えた。
島の北半分は石と石灰の町、南半分はヤシの葉で屋根をふいたアフリカの伝統的な家の「マクティ」の町である。1960年代に大陸と結ぶ橋が架けられた。1991年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。