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テルチ歴史地区
写真: 「Telč, Vnitřní Město 01」Daniel Baránek / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

テルチ歴史地区

Historic Centre of Telč
WHC 6211992年登録49.18°N 15.45°E

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時間の物差し
前3000年起点 1333年現在

成り立ち

テルチはモラヴィアとボヘミアの境に近い丘の上の町で、一帯は13世紀まで深い森だった。テルチの名が記録に現れるのは1333年から1335年の頃で、このとき重要な城があったと記される。町そのものは14世紀半ばに築かれたとみられ、細長い三角形の広場を囲んで家が並び、石の城壁と人工の池の連なりが町を守った。

1386年の火事までは家の多くが木造だったが、その後は石で建て直され、1360年から1372年に建った聖ヤコブ教会も再建された。フス戦争では町はフス派に落とされたが、城は持ちこたえた。16世紀後半、領主ザハリアーシュ・ス・フラドツェの時代に町は栄え、城はルネサンス様式に改められた。再び火事に遭った広場の家々も、アーケードと装飾された正面を持つルネサンス様式で建て直された。

17世紀にはイエズス会が来て、1651年から1665年に学院を、1666年から1667年にイエズスの御名教会を建てた。19世紀の産業化の後も町は昔の姿を保った。1970年に歴史的都市保護区となり、9haの範囲に85件の指定文化財がある。1992年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。