コローメンスコエの主の昇天教会
Church of the Ascension, Kolomenskoye
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時間の物差し
前3000年起点 1532年現在
成り立ち
コローメンスコエはモスクワの南東、モスクワ川の高い岸の上にある領地で、1339年にモスクワ大公イヴァン・カリターの遺言に初めて名が現れる。1532年、大公ヴァシーリー3世は、のちのツァーリ、イヴァン4世(雷帝)の誕生を祝ってここに主の昇天教会を建てた。教会は同年9月3日、大公夫妻らの臨席のもとで献堂された。
教会はギリシア十字形の平面で、後陣を持たない。高い基壇の上に四角形と八角形の胴部が重なり、その上に高さ20mの八角形の天幕屋根がのる。伝統的な木造の天幕屋根を石造の建物に用いた最初の例で、全体の高さは62m、壁の厚さは3〜4mに及ぶ。のちのロシアの教会建築に大きな影響を与えた。
17世紀、ツァーリのアレクセイ・ミハイロヴィチは領地に250室の大きな木造宮殿を建てたが、1768年にエカチェリーナ2世の命で取り壊された。教会は1914〜16年に初めて学術的な修復を受け、1980年代の調査に基づいて元の姿に近づける修復が行われた。ソ連初期には修復家ピョートル・バラノフスキーが各地の木造建築を移築した。教会は1994年に世界遺産に登録され、宮殿は2010年にモスクワ市によって再建された。
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