サン=テチエンヌ大聖堂
Bourges Cathedral
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時間の物差し
前3000年起点 1195年現在
成り立ち
ブールジュはローマ時代のアウァリクムで、ガリアで最も早いキリスト教共同体の一つがあった。大聖堂の場所は3世紀から礼拝に使われ、1137年には前の大聖堂でルイ7世が戴冠した。1195年、大司教アンリ・ド・シュリーはゴシック様式による全面的な建て直しを始めた。
古い身廊を残して礼拝を続けながら工事は東から西へ進み、新しい内陣は1214年頃にほぼできあがった。1225年には異端カタリ派を断罪する大きな公会議を開けるまでになり、1240〜1255年の屋根組には900本のオークが使われた。1259年に火事で大きな被害を受けたが、大聖堂は着工から63年でほぼ完成した。
設計者の名は伝わらない。翼廊をもたず、高さの違う2重の側廊が内陣の周りまで途切れずに続く簡素な平面で、身廊の天井は高さ37.15mある。北塔は基礎に問題を抱えたまま完成したが1506年12月31日に崩れ、西正面の中央上部はフランボワイヤン様式で建て直された。大聖堂は1862年に歴史的記念物に指定され、1992年に世界遺産に登録された。
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