法隆寺地域の仏教建造物
Buddhist Monuments in the Hōryū-ji Area
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時間の物差し
前3000年起点 607年現在
成り立ち
法隆寺は、寺の伝えでは607年に聖徳太子が創建した寺である。金堂の薬師如来像の光背銘がその根拠とされるが、像が607年に造られたとする見方には疑問も出ている。『日本書紀』は670年に法隆寺が焼け、「一屋無余」だったと記す。1939年に見つかった若草伽藍跡の発掘も、いまの西院伽藍がこの火災のあとに建て直されたという説を裏づけた。
建て直された寺は向きを少し北西に振り、711年ごろに完成したと考えられている。五重塔は高さ32.45mで、2001年の年輪調査では中心の心柱が594年に伐られた木だとわかった。登録された法隆寺と法起寺の約48棟のうち、11棟は7世紀後半から8世紀の建物で、現存する世界最古級の木造建築である。
1949年1月26日、解体修理中の金堂から火が出て、飛鳥時代の壁画が焼損した。この火災が文化財保護法の制定につながったとされ、1月26日は文化財防火デーになった。金堂の修理は1954年に終わり、1934年に始まった昭和の大修理は1985年に完了した。1993年、法起寺とともに世界遺産に登録された。
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