姫路城
Himeji Castle
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時間の物差し
前3000年起点 1333年現在
成り立ち
1333年、播磨国の守護赤松則村が姫山に砦を築き、1346年に子の貞範がこれを壊して姫山城を建てた。1561年までに黒田氏が姫路城に改め、1581年には羽柴(豊臣)秀吉が三重の天守を加えた。
1600年の関ヶ原の戦いのあと、徳川家康は娘婿の池田輝政にこの城を与えた。輝政は秀吉の天守を取り壊し、1601年から1609年にかけて三重の堀をもつ大城郭へ造り替えた。延べ250万人の労働力がかかったと推定される。1617年からは本多忠政が建物を加え、現在は83棟の建物が残り、大天守の高さは46.4mある。
1871年に廃城となり、取り壊しが予定されたが、陸軍大佐中村重遠の働きで残された。1945年の姫路空襲では最上階に落ちた焼夷弾が不発に終わり、1995年の阪神・淡路大震災にも耐えた。1993年、日本で最初の世界遺産のひとつとして登録された。
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