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フエの建造物群
写真: © Vyacheslav Argenberg / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

フエの建造物群

Complex of Huế Monuments
WHC 6781993年登録16.44°N 107.58°EWikipedia 20言語

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時間の物差し
前3000年起点 1802年現在

成り立ち

フエは1802年、ザーロン帝(嘉隆帝)のもとで統一されたベトナムの都となり、1945年まで阮朝の政治と文化、宗教の中心だった。ザーロン帝は1803年にこの地を調べ、香河のほとりに都城を築かせた。城壁はヴォーバン式と呼ばれるヨーロッパの築城法に倣い、周囲は10km近くある。

都城の中に一辺約600mの皇城があり、さらにその奥に紫禁城が置かれた。工事はミンマン帝(明命帝)の代の1832年に終わった。建物は風水と五行の考えに沿って並び、中国の美術や、ザーロン帝に仕えたフランス人建築家による西洋の要素も取り入れられた。城の外にはザーロン帝、ミンマン帝、トゥドゥック帝(嗣徳帝)、カイディン帝(啓定帝)らの陵が点在する。

1945年8月30日、最後の皇帝バオダイ(保大帝)は皇城で退位した。1947年の戦闘で皇城の中心部は焼け、1968年1月31日に始まったテト攻勢のフエの戦いでは、160あった建物のうち主なもので残ったのは10か所だった。建造物群は1993年に世界遺産に登録され、修復が続いている。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。