サルト
Salt
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成り立ち
ヨルダン中西部のサルトは、バルカー高原の3つの丘の間にある交易の町である。ビザンツ時代には司教座が置かれ、モンゴルに壊された後、マムルーク朝のバイバルスの時代に建て直された。18世紀末にはバルカー地方でただ1つの定住の町で、まわりはベドウィンの部族が押さえていた。
町が大きく育ったのはオスマン帝国最後の60年である。タンズィマート改革で治安と行政が整い、ナブルス、シリア、レバノンの商人が移り住んで、交易や銀行、農業で財をなした。1860年代から1920年代が黄金期だった。
商人たちは地元の黄色い石灰岩で、ヨーロッパのアール・ヌーヴォーや新植民地様式を地元の伝統とまぜた家を建てた。歴史地区にはそうした建物が約650残り、客をもてなす迎賓の家も受けつがれている。2021年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。