三孔
Temple and Cemetery of Confucius and the Kong Family Mansion in Qufu
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時間の物差し
前3000年起点 前477年現在
成り立ち
孔子(前551〜前479年)は、死後に故郷の曲阜の北、泗水のほとりに葬られた。死の2年後には曲阜の旧宅が廟とされ、衣服や楽器、車、書物が納められた。漢代以降は皇帝や高官が祭祀に訪れ、廟は153年、611年と建て直され、1012年には300室を超える規模になった。
1499年の火災の後、孔廟は現在の規模で再建された。1724年にも火災で正殿が大きく焼けている。一族の子孫は衍聖公の称号を受け継いで孔府に住み、廟と墓所を守った。孔府は1377年に現在地へ移され、1503年には560室、9つの中庭をもつ構えに広げられた。
孔林には10万基を超える子孫の墓が並ぶ。孔府に住んだ最後の当主は77代の孔徳成で、1937年に日中戦争を避けて重慶に移り、その後は台湾へ渡った。1966年11月には文化大革命のなかで北京師範大学の紅衛兵が孔林を荒らし、大きな被害が出た。三孔は1994年に世界遺産に登録された。
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