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ムツヘタの文化財群
写真: Alexxx1979 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ムツヘタの文化財群

Historical Monuments of Mtskheta
WHC 7081994年登録41.84°N 44.72°EWikipedia 37言語

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時間の物差し
前3000年起点 前300年現在

成り立ち

ムツヘタはトビリシの北西約20km、アラグヴィ川とムトクヴァリ川の合流点にある。紀元前3世紀から紀元5世紀まで東ジョージアのカルトリ王国の都だった。337年、ここでキリスト教が国の宗教と宣言された。

伝承では、聖ニノが二つの川の合流点に教会の場所を選び、4世紀にミリアン3世が最初の教会を建てた。現在のスヴェティツホヴェリ大聖堂は1010〜1029年、カトリコスのメルキセデク1世の招きで建築家アルスキゼが建てた。長さ約57.7m、高さ49mで、ティムールに破壊されたのち14世紀末に再建された。

大聖堂は戴冠と王の埋葬の場で、ヴァフタン・ゴルガサリや最後の王ギオルギ12世の墓がある。丘の上の6世紀のジュヴァリ修道院は、いまもジョージアで最も神聖な場所とされる。ミリアン3世の墓があるサムタヴロ修道院と合わせ、1994年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。