StoodmarkEN
上スヴァネティ
写真: 「Mestia. regio Svaneti」Martijn Munneke from Netherlands / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

上スヴァネティ

Upper Svaneti
WHC 7091996年登録42.92°N 43.01°EWikipedia 2言語

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成り立ち

上スヴァネティはジョージア北西部、大コーカサス山脈とスヴァネティ山脈にはさまれたエングリ川の上流域にある。この地のスヴァン人は古代ギリシアの地理学者ストラボンの著作にすでに登場する。4世紀からはラジカ王国に従い、523年にラジカがキリスト教を受け入れるとスヴァン人もこれにならったが、古い信仰や儀礼も残った。

11世紀初めに統一ジョージア王国に組み込まれ、タマル女王の時代にかけて文化が栄えると、スヴァネティは金属工芸、絵画、木彫、建築の中心地の一つになった。上スヴァネティの教会の多くはこの時期のもので、どれも小さいが、内部には壁画や彫刻のある扉、十字架、彩色写本が残る。モンゴルの侵入はこの地に及ばなかったが、15世紀から18世紀には孤立が深まって経済も文化も衰えた。エングリ川上流の人々はメスティアを中心に、19世紀にロシアが来るまで独立を保った。

村々には3階から5階建ての塔が家と一体に建ち、上の階は見張りと防御のためだけに使われた。ウシュグリ共同体のチャジャシ村には200を超える塔が残り、1971年に保護区となって博物館保護区として保存されている。1983年から1985年の調査では、教会196、塔208を含む960件の建造物が記録された。ICOMOSの調査団は1994年には治安の悪化で現地に入れず、1996年5月にようやく訪れ、同じ年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。