StoodmarkEN
ハンザ同盟都市ヴィスビュー
写真: 「Sweden 2018-08-07 (44439123494)」Guillaume Baviere from Copenhagen, Denmark / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ハンザ同盟都市ヴィスビュー

Hanseatic town of Visby
WHC 7311995年登録57.64°N 18.30°EWikipedia 21言語

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成り立ち

ヴィスビューは、スウェーデン本土の東約100kmのバルト海に浮かぶゴットランド島の町である。崖に守られた天然の港にヴァイキング時代の集落ができ、ゴットランドの商人たちはここを交易の拠点にした。12世紀にはバルト海の交易路がこの町を通るようになった。

1143年にリューベックが建設されるとドイツの商人が来航し、ヴィスビューはハンザ同盟のバルト海における中心になった。13世紀には季節ごとの交易地から城壁に囲まれた都市へと育ち、ドイツやロシア、デンマークの商人が港から並ぶ石造りの倉庫を建てた。城壁は全長約3.4kmで、壁の中には中世のスウェーデンの町として最も多い15の教会が建てられた。

1350年ごろのペストと、1361年のデンマーク王ヴァルデマー4世の侵攻で町は主導的な地位を失った。ヴァルデマーの軍の前で1800人のゴットランド人が戦死したと伝えられる。1530年代の宗教改革で教会の多くが放棄されて廃墟となり、使われ続けたのは聖マリア大聖堂だけである。衰退したために中世の石造りの家が建て替えられずに残り、200以上の倉庫と商人の住まいが今も建つ。1995年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。