エッサウィラのメディナ
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成り立ち
エッサウィラはモロッコの大西洋岸にあり、沖のモガドール島が湾を風から守る。1506年、ポルトガル王マヌエル1世がここにカステロ・レアル・デ・モガドールという要塞を築かせたが、4年後の1510年に地元のレグラガの人々の抵抗で落ちた。中世にここに葬られた聖者シディ・モグドゥルが、モガドールという名の由来とされる。
今の町は18世紀半ば、スルタンのムハンマド3世が国を大西洋の交易に向け直すために築いたものである。マラケシュに最も近い港を持つことと、ライバルを支えていた南のアガディールの交易を断つことがねらいで、1767年にはアガディール港を閉じて南の交易をここへ回した。スルタンは12年にわたりフランス人技師テオドール・クルニュと、フェズ、マラケシュ、ラバトの建築家たちに要塞と町をつくらせた。名は「小さな砦」を意味するスイラから、「美しく設計された」を意味するエッサウィラとなった。
町はヨーロッパの同時代の軍事建築の原則で北アフリカに築かれた、18世紀後半の要塞都市のすぐれた例である。19世紀の終わりまでモロッコの主要な港として、サハラを越えてくる隊商の品を世界へ送り出した。スルタンはユダヤ人の移住を勧めて対ヨーロッパ交易を任せ、旧市街のメッラーには古いシナゴーグが残る。2001年に世界遺産に登録された。
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