写真: 「Gambia 2010 - St. James island 0003」Martijn Russchen from Nederland / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
クンタ・キンテ島と関連遺跡群
Kunta Kinteh Island and Related Sites
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時間の物差し
前3000年起点 1456年現在
成り立ち
ガンビア川の河口から約30km上流に小さな島がある。1456年5月、ポルトガルの探検隊が島の沖に錨を下ろし、死んだ船員アンドレを葬ったことからサン・アンドレ島と呼ばれた。川の中ほどにあって水路を押さえる要の島だった。
1651年、クールラント公国の入植者が島に砦を築いた。オランダが1659年に奪い、1661年にイングランドが占領した。その後、島はアフリカとヨーロッパの出会いの場となり、奴隷貿易の拠点になった。
対岸のアルブレダにはポルトガルの礼拝堂と植民地時代の倉庫、ジュフレにはモーレル兄弟社の建物が残る。河口のシックスガン砲台(1816年)とブレン砦(1826年)は、奴隷貿易を止めるために建てられた。2003年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。