フェルテー湖/ノイジードル湖の文化的景観
Fertö / Neusiedlersee Cultural Landscape
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時間の物差し
前3000年起点 前6000年現在
成り立ち
フェルテー湖(ノイジードル湖)はオーストリアとハンガリーの国境にまたがる、ユーラシアで最も西にある草原の湖である。流れ出る川をもたず、湖底は形成以来少なくとも100回干上がった。周りでは約8000年にわたって異なる文化が出会ってきた。
紀元前7世紀から湖岸にはハルシュタット文化の人々が住み、湖の周りのほとんどの村の畑にはローマ時代の別荘の跡がある。今の町や村の配置は12〜13世紀にでき、1277年からは市場が栄えた。ワイン交易で栄えた自由都市ルストは、16世紀初めに町を再び城壁で囲んだ。
湖の周りには16の集落が内側の輪を、20の集落が外側の輪をつくる。18〜19世紀にはフェルトードのエステルハージ宮殿やナジツェンクのセーチェーニ宮殿が建った。ローマ時代から20世紀半ばまで切り出されたライタ石灰岩はウィーンやショプロンの建物に使われた。2001年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。