原爆ドーム
Hiroshima Peace Memorial
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時間の物差し
前3000年起点 1915年現在
成り立ち
原爆ドームは、チェコの建築家ヤン・レツルの設計で1915年に広島県物産陳列館として完成した建物である。1921年に広島県立商品陳列所、1933年に広島県産業奨励館と名を変えた。
1945年8月6日午前8時15分、米国が投下した原子爆弾が建物から東へ約150mの地点の上空で爆発し、館内にいた人は全員が即死した。建物は骨組みだけが残り、爆心地近くでただ一つ立ち残った建物となった。
取り壊しを求める声と保存を求める声が分かれたが、広島市議会は1966年に永久保存を決議し、1967年に最初の保存工事が行われた。1996年12月に世界遺産に登録された。
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