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歴史的城塞都市クエンカ
写真: 「Historic Walled Town of Cuenca-111514」Yvon Fruneau / CC BY-SA 3.0 igo / Wikimedia Commons · トリミングあり

歴史的城塞都市クエンカ

Historic Walled Town of Cuenca
WHC 7811996年登録40.08°N 2.13°WWikipedia 2言語

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時間の物差し
前3000年起点 714年現在

成り立ち

ローマ時代、今のクエンカの場所には人が住んでいなかった。714年にこの地を押さえたイスラム勢力は、のちにフカル川とウエカル川の峡谷にはさまれた岩山に要塞クンカを築き、約1kmの城壁で囲んだ。町は後ウマイヤ朝の中心部の守りとなり、農業と織物で栄えた。11世紀にはトレドのタイファ王国の支配下に入った。

その後、町は何度も支配者を変えた。1177年の初めから、カスティーリャ王アルフォンソ8世はレオン王フェルナンド2世やアラゴン王アルフォンソ2世、騎士団とともに町を包囲し、9月21日に町を落とし、10月には城塞も降伏した。町には特権を定めた法典が与えられ、1183年には司教座が置かれた。スペインで最初のゴシック様式の大聖堂がこの町に建てられた。

ウエカル川の断崖には15世紀の「宙吊りの家」が張り出している。18世紀には織物業が衰え、ナポレオン軍との戦争や1874年のカルリスタ軍の占領で町は大きな被害を受けた。1902年には大聖堂の鐘楼が崩れ、正面が建て直された。1996年に世界遺産に登録され、宙吊りの家は今、スペイン抽象美術館として使われている。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。